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UNDER THE STONE/石の下

SIDE CORE PRESENTS 「Living road, Living space」内で展示されている細野晃太朗によるパラサイトギャラリー「唯今(I’m home)」では、第一弾のエキシビジョンとして、1O組のアーティストによる展覧会を開催します。 [作家/ARTISTS] -DIEGO & MIYAIRI KEITA -SASAKI RYOHEI -MIKAMI KAZUMA & SUZUKI MASAYOSHI -SOEDA NANA -SATO HIDECHIKA -LAKA -OGA MINORI  -YAMAGUCHI KOJI -WAKU -KATAGIRI RAKUYA & HOSONO KOTARO


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—— Living road,Living space | 生きている道、生きるための場所、に参加するゲストアーティストである細野晃太朗は厳密に言うとアーティストではありません。

細野は場所と状況を作ってきた人間です。本展覧会では細野は作品として美術館内に「唯今(I’m Home)」という名の独立した「ギャラリー」を作ります。

細野の考えるギャラリーとはまず人と人とのコミュニケーションがあり、その先の作品と人とのコミュニケーション=鑑賞体験をすることのできる場所です。そして当然作品の売買を行う場所でもあります。

ギャラリーを運営する上で必要な要素は大きく分けて4つあります。

まず作品をつくってくれる作家と展示をするキュレーター、作品の展示とそれに必要な空間設計、作品の売買、鑑賞者の4つです。

作品の売買はギャラリーの運営方針 によって比重は変わるかもしれませんが必ず必要なのはつくるひと・みせるひとと共にみるひとの存在が必要です。

同様にギャラリーという箱自体もその中身が存在しなければただの箱にしかすぎません。 「唯今(I’m Home)」では、通常のギャラリーと同様に作品の価格が提示され、その金額と鑑賞者のさまざまな都合の合意が取れ た場合作品とお金が交換されます。

実は美術館に飾ってある作品もインテリアもこうしてお金と交換してそこにあるも のがほとんどです。しかしその金額は明記されず、価値が測りにくいことで作品と人々の生活に距離 できている状況が 否定できません。

山を買えるものと思って見ている人が少ないのと同様です。

値段がつくことで見方が変わり、ものとお金(数字)を交換するというごくごく日常の行動と結びつきます。そうすることによって鑑賞体験が作品からの一方的なものではなく、私にとっての価値とは、ということを作品に対して問いかけていくことになります。

なぜそれを好きだと思うのか、そしてなぜこの価値があるのか。それは自分の価値観を問う行為につながります。 美術館内に飾られている作品を取引する場をつくるという前代未聞の試みですが、一枚5000円のドローイングでもいい。自らが選んで手に入れるという行為はその人の人生を大きく変容させる行為です。


「唯今(I’m Home)」では、展覧会が閉幕する2025年3月10日まで6回の展示が行われ、終幕まで展示空間が更新され続けます。第一回目の展示は10組のアーティストによるグループエキシビジョン「UNDER THE STONE| 石の下」

ここに飾られるものは美術館というある種の権威からの眼差しではなく、さらに言えばSIDE COREの眼差しですら捉えることのできない景色を展示よって構築することです。

展示をしよう、と声をかけさせてもらってる以上これも小さな権威であるという矛盾は孕んでいますが、美術館、美術の文脈では捉えられない美しいもので世界は溢れていると信じています。

それに気づくには眼差しを向けるか否かでしかないのです。それは河原の石の下や都市のコンクリートブロックの下にも隠されています。表層上のものだけでなく、隠れたなにかを見つける好奇心。これが欠損する世界はとても生きにくいように感じます。

非効率。半世界。 街(美術館)を劇場化する。


 日本で一番人が集まる美術館である21世紀美術館に来る人々に新たな視点や物事の価値観を展示や作品によって世界を共有し、みせる側みる側の双方何かをもちかえることのできる状況を目指します。


細野晃太朗

 
 
 

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